
2025年、サウジアラビアはMENA(中東・北アフリカ)地域のベンチャーキャピタル投資において約64%のシェアを獲得し、UAEを抜いて地域最大の投資先国となりました。フィンテック(金融×テクノロジー)、クイックコマース(即時配達EC)、AIといったセクターを中心に大型の資金調達が相次ぎ、サウジアラビア発のスタートアップが国際的な投資家から本格的な評価を受け始めています。
日本では「中東のスタートアップ」というとドバイやイスラエルばかりが話題になりますが、実態は変わりつつあります。サウジアラビアは「ビジョン2030」の下、政府が主導する形でエコシステムを一から設計してきました。2018年から数えると、首都リヤドだけで26億ドル以上のベンチャー資金が流れ込んでいます。資金の出し手は、サウジ・ベンチャー・キャピタル・カンパニー(SVC)、ジャダ、パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)といった政府系のプレイヤーが中心です。
今回は、2025年にサウジで大型調達を決めた10社を調達額順に見ていきます。それぞれどんな会社で、なぜ投資家の資金を集められたのか。そして、日本から見た場合に何が読み取れるのかを考えていきましょう。
まず全体像から。MAGNiTTのデータを見ると、2025年上半期のMENA全体VC投資額は21億ドル。そのうち約64%がサウジアラビアに向かいました。5年前は15%未満だったことを考えると、この変化の大きさがわかります。
もうひとつ見逃せないのが、デット(借入・融資)調達の存在感です。9月単月で見ると、総投資額35億ドルのうち26億ドルがデットでした。なぜか。グローバルでVC市場が冷え込む中、安定した売上を持つ企業は新たなエクイティ(株式発行による)調達を避けたがる傾向があります。株式を新たに発行すると、既存株主の持ち分が減ってしまう。また、会社のバリュエーションを下げたくないという事情もあります。その代わりに借入で資金を調達し、成長を続けるという選択が増えています。
| 指標 | 2024年 | 2025年(1-11月) | 変化 |
| サウジのMENA投資シェア | 約45% | 約64% | +19pt |
| リヤドの世界エコシステムランキング | 83位 | 23位 | +60位上昇 |
| 国内スタートアップ数 | 約8,500社 | 約10,600社 | +25% |
| 外国スタートアップの起業家ライセンス取得 | 約250社 | 550社以上 | +118% |
リヤドは世界スタートアップエコシステムランキングで60位も順位を上げ、23位に食い込みました。MENA地域内では第3位のハブです。スタートアップブリンクによれば、サウジ全体のエコシステム成長率は2025年に236.8%。数字だけ見ると「本当か?」と思いますが、実際に大型案件が次々と生まれているのは事実です。
2025年、サウジで最も大きな調達を実現したのは後払い決済サービスのタマラ。「BNPL(Buy Now, Pay Later=今買って後で払う)」と呼ばれる、分割払いや後払いを可能にするサービスを提供しています。9月に発表された24億ドルのシャリア適格デットファシリティ(イスラム法に沿った形の大型融資枠)は、MENA地域のスタートアップ史上最大の金額です。ゴールドマン・サックス、シティ、アポロといったウォール街の巨人が名を連ねています。
タマラは2020年創業。まだ5年ほどの会社ですが、ユーザー数は2,000万人を超え、サウジとMENA全域でBNPL市場を押さえています。創業者のアブドゥルマジード・アル・シャン、トゥルキ・ビン・ザラ、アブドゥル・モフセン・アル・バブタインの3人は、イスラム金融の原則に沿った形でグローバルマネーを引き込むことに成功しました。「利子を取らない」という制約の中で、これだけの規模の調達ができることを証明したわけです。
クイックコマースのニンジャは7月に約2億5,000万ドルを調達し、ユニコーンの仲間入りを果たしました。リヤド・キャピタルが主導した本ラウンドは、2025年のMENA最大級の株式調達案件となっています。
サウド・アル・カハタニとジャンベルク・ドンメズが立ち上げたニンジャは、注文から数十分で届くハイパーローカル配達を売りにしています。サウジでは人口増加と都市化が同時に進んでおり、「今すぐ届けてほしい」というニーズは高まる一方。配達網を一気に広げ、物流拠点に投資を回す。狙いは明確です。
後払い決済からもう1社。タビーは2月のシリーズEで1億6,000万ドルを獲得しました。ブルー・プール・キャピタルとハサナ・インベストメント・カンパニーがリードし、ウェリントン・マネジメントやSTVも参加しています。
2019年にホサム・アラブとダニール・バルカロフが創業。今回の調達で企業価値は33億ドルに達し、10月の二次株式売却では45億ドルにまで跳ね上がりました。IPOも視野に入っているようです。サウジはインターネット普及率98%、スマートフォン普及率97%。デジタル金融の成長余地はまだ大きく、タビーが選ばれるのも納得できます。
中小企業向け金融サービスを提供するハラ。9月のシリーズB(初期のシリーズAから一歩進んだ成長段階での調達)で1億5,700万ドルを集めました。中東史上で最大規模のフィンテック・シリーズB投資となります。TPGのライズファンドがリードし、サナビルのMENA投資プラットフォームも入っています。
2018年創業のハラは、イサム・アル・ナフディとマーヘル・ルビエが立ち上げました。決済処理、融資、経営管理ツールをひとつのプラットフォームに統合し、デジタル化が遅れがちな中小企業層を取り込んでいます。サウジでは雇用の大部分を中小企業が担っており、政府もSME支援を優先課題にしている。ビジョン2030との相性が良いセクターです。
デジタルプラットフォーム運営のアイミナ・グループは4月にプレIPOラウンド(上場直前の資金調達)で1億3,500万ドルを調達。PIFの投資部門であるサナビル・インベストメンツがリードし、FJラブズや「セルエニーカー」創業者のサイギン・ヤルチンなども参加しました。
2012年創業と、今回のリストの中では古株です。ナシル・アル・シャリフ、カルドゥン・タバザ、アデイ・サラミンの3人が始めたこの会社は、オープンスーク(分類広告)、セルエニーカー(車売買)、ジーニー(ライドシェア)という3つのプラットフォームを運営しています。今回の調達に合わせて、サウジ閉鎖型株式会社への組織再編も実施。IPOを意識した動きと見てよいでしょう。
SME向け融資のイーラッドは11月に1億2,500万ドルのクレジットファシリティを獲得。ジェフリーズがリードし、チャネル・キャピタルも共同投資者として入りました。
サレム・アブ・ハムール、ユセフ・サイード、ファリス・ヤグムールが始めたイーラッドは、データを使った融資判断で中小企業のキャッシュフローを支えています。エクイティではなくデットを選んだ点も、2025年のトレンドを反映しています。株式を希薄化せずに成長資金を確保する。グローバルVC市場が慎重になる中、サウジのフィンテック企業が取った現実的な判断です。
フードテックのカロ。7月のシリーズB延長ラウンドで3,900万ドルを調達し、シリーズB累計は6,400万ドルになりました。アル・ジャジーラ・キャピタルが主導しています。
もともと2019年にバーレーンで始まった会社ですが、今はサウジに本社を移しています。創業者のアフマド・アル・ラウィとモアイエド・アル・モアイエドが提供しているのは、AIを使ったパーソナライズド・ミールプラン。減量したい人、筋肉をつけたい人など、目的別に食事をサブスクで届けるモデルです。湾岸地域は肥満率が高く、健康・ウェルネス系の需要は底堅い。2027年までのIPOを視野に入れているとのことです。
プロップテック(不動産テック)のライズはシリーズAで3,500万ドルを獲得。レイド・ベンチャーズがリードしました。「RNPL(レント・ナウ・ペイ・レイター)」という、家賃の後払いサービスを展開しています。
2021年創業。イブラヒム・バリラとモハメド・アル・フライヒが始めました。サウジでは住宅市場が拡大しており、不動産関連のペインポイントを解決するサービスには資金が集まりやすい状況です。BNPLが小売業界を変えたように、RNPLは不動産賃貸市場を変える可能性がある。そう見込まれています。
企業向けAIサービスのルシディア。SaaSモデルで展開しており、7月のシリーズBで3,000万ドルを調達。MENA地域のAI特化型資金調達として最高額を記録しました。インパクト46がリードし、アラムコのワエド・ベンチャーズやタカムル・ベンチャーズも参加しています。
2016年にアブドラ・アシリが創業。企業向けに顧客行動やセンチメントを分析するAIプラットフォームを提供しています。アラビア語を含む多言語対応ができる点が、MENA企業にとっては大きな価値になります。サウジ政府はAIを国家戦略分野に位置づけており、KPMG調査では企業の76%がAIで収益性を向上できたと回答しています。
建設テックのBRKZ。10月にストライド・ベンチャーズから最大3,000万ドルのグロースデット(成長資金としての借入)を得ました。2月のシリーズA延長(1,700万ドル)に続く調達です。
2023年創業とリストの中で最も若い会社。イブラヒム・マンナが立ち上げたBRKZは、建設会社や工場向けのB2B(企業間取引)プラットフォームを運営しています。サプライヤーネットワークへのアクセス、建材調達、決済・配送オプションを提供。サウジでは未来都市NEOMをはじめとする「ギガプロジェクト」(超大型開発事業)が多数動いており、建設セクターへの需要は旺盛です。サウジ・ユニコーン・プログラムにも選出され、次世代の大型スタートアップ候補として注目されています。

AI Generated Image of the Riyadh skyline at twilight, featuring the iconic Kingdom Centre and Al Faisaliah tower under a gradient sky.
ここまで10社を見てきました。改めてセクター別に整理すると、フィンテックが圧倒的に多い。タマラ、タビー、ハラ、イーラッドの4社が名を連ねています。
| セクター | 企業数 | 主要企業 | ビジョン2030との関連 |
| フィンテック | 4社 | タマラ、タビー、ハラ、イーラッド | 金融包摂、中小企業支援 |
| クイックコマース | 1社 | ニンジャ | 小売業の近代化 |
| フードテック | 1社 | カロ | 健康・ウェルネス |
| プロップテック | 1社 | ライズ | 住宅市場の拡大 |
| AI・SaaS | 1社 | ルシディア | デジタル変革、AI戦略 |
| コンテック | 1社 | BRKZ | 建設・インフラ |
| デジタルプラットフォーム | 1社 | アイミナ | デジタル経済 |
サウジのエコシステムを理解する上で重要なのは、「政策主導型」であるという点です。SVC、ジャダ、PIFといった政府系ファンドが資金供給の中心にいて、ビジョン2030の優先分野に沿った事業が投資を受けやすい構造になっています。日本企業がサウジ市場への参入を考えるなら、以下のポイントを押さえておくとよいでしょう。
投資側から見ると、サウジのVC市場は新たな分散投資先として検討する価値があります。2025年にサウジは42件のIPOを完了し、調達額は世界7位。VCの出口戦略が見えるようになったことで、エコシステム全体の信頼性が高まっています。ブラックロック、ゴールデンゲート・ベンチャーズ、ポーレン・キャピタルなどのグローバルプレイヤーがサウジ・UAEにオフィスを構え始めており、2026年以降もこの流れは続くでしょう。
2025年、サウジアラビアは中東最大のスタートアップ投資先になりました。タマラの24億ドル調達が象徴するように、サウジ発のスタートアップは規模・成熟度ともに世界水準に達しつつあります。フィンテックだけでなく、クイックコマース、AI、建設テックと多様なセクターでユニコーン企業やIPO候補が生まれています。
2025年の特徴を一言でまとめるなら、「借入による調達の台頭」と「企業向けビジネスへの集中」でしょう。投資額の70%が企業向けサービスを提供するスタートアップに向かっており、政府系ファンドとグローバル投資家の協調も進んでいます。世界的にスタートアップの評価額が見直される時期にありながら、サウジは「資本を吸収できる市場」として存在感を示しました。
日本から見ると、サウジアラビアのスタートアップに関する情報は圧倒的に少ない状況です。しかし、236.8%の年間成長率、リヤドのランキング60位ジャンプ、550社超の海外スタートアップによる起業家ライセンス取得。これだけの動きを無視するのは難しい。中東ビジネスを検討している方にとって、サウジアラビアは今、最も目を向けるべき市場のひとつと言えるでしょう。