海と空頼みだった湾岸諸国が悲願とする陸のシルクロード構想

2023年7月、サウジアラビアのジェッダ。湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国と中央アジア5カ国、合わせて11カ国の首脳がひとつの会場に集いました。2年後の2025年5月には、舞台をウズベキスタンのサマルカンドへ移し、2回目のサミットが開かれています。世界で取引される原油の約30%、液化天然ガスの約20%はホルムズ海峡を通過します。世界貿易量の約12%は紅海を通る計算です。いずれも2023年時点の数字で、国際エネルギー機関(IEA)と米国議会調査局が算出したものです。湾岸産油国の富は長らく、この海の回廊と上空を行き交う航空貨物にほぼすべてを預けてきました。その物流網に、内陸の中央アジアという新しい足場を加えようとする動きが、いま本格化しています。

海と空がすべてを担ってきた湾岸の物流史

中東は数世紀にわたり、ヨーロッパとアジア、アフリカを結ぶ交差点に位置してきました。第一次世界大戦のあと、陸上と沖合の双方で大規模な石油・ガス田が相次いで見つかったことで、この地域が持つ重みはさらに増しています。PwCが公表したレポートは、GCC6カ国とエジプトを合わせた中東が、今日も世界の貿易フローを支える欠かせない経路だと述べています。

その中心にあるのが、ホルムズ海峡と紅海という2つの水路です。IEAの推計では、2023年時点で世界の取引原油の約30%、液化天然ガスの約20%がホルムズ海峡を経由しました。米国議会調査局のデータでは、同じ年の世界貿易量の約12%が紅海を通過しています。陸路と空路の存在感も無視できません。JETROが2026年1月にまとめた調査は、中東・北アフリカ地域で航空ネットワークが急拡大しており、旅客と貨物の輸送需要が前年比で大きく伸びていると指摘します。拡張が進むアル・マクトゥーム国際空港(UAE)や、建設が予定されるキング・サルマン国際空港(サウジアラビア)は、近い将来に世界的な貨物拠点になると見込まれています。

こうして積み上がってきたのは、海と空という2本の柱に極端に偏った物流の姿でした。陸路は長らく、脇役の位置に置かれてきたのです。

AI Generated Image of a strategic sea strait seen from directly above, a line of massive oil tankers transiting single file between rocky coastlines across turquoise water, under clear bright morning light

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紅海危機とホルムズ海峡が晒した一本足の脆さ

海と空に偏った構造は、2020年代に入って繰り返し試されることになりました。新型コロナウイルスのパンデミックと紅海危機は、いずれも中東の貿易フローとそれを支えるインフラに重い負担をかけています。PwCのレポートによれば、2020年から2024年にかけて海運コストと保険料は大きく跳ね上がりました。2021年に起きたスエズ運河の座礁事故、そしてウクライナ紛争もこの圧力に拍車をかけています。

2026年5月にPwCが公表した中東経済に関するレポートは、さらに重い事態を伝えています。中東での紛争とホルムズ海峡の混乱が、近年でも最も深刻なエネルギー供給ショックのひとつを引き起こしたというのです。停戦は成立したものの、恒久的な解決への道筋はいまだ見えていません。

このショックの受け止め方は、GCC各国のあいだで一様ではありませんでした。貿易や物流、財政に使える余地が限られる国ほど、目先の圧力を強く受けています。一方、紛争への直接的な関わりが薄い国、代替となる輸出ルートを持つ国、財政の備えが厚い国は、比較的うまく持ちこたえました。海路という単一の経路に頼るリスクは、国ごとの体力差によってはっきりと表れています。

項目 数値
世界貿易量に占める紅海通過の割合(2023年) 約12%
世界の原油輸送量に占めるホルムズ海峡経由の割合(2023年) 約30%
世界のLNG輸送量に占めるホルムズ海峡経由の割合(2023年) 約20%

この数字が示すのは、ひとつの海峡やひとつの海が止まった瞬間に、世界経済のかなりの部分が揺らぐという現実です。世界の原油の3割、LNGの2割、世界貿易の1割強。湾岸諸国が陸路にこだわる理由は、この比率のなかにあります。

陸路に930億ドル、サウジが仕掛けるインフラ大投資

海の脆さが繰り返し露呈するなかで、湾岸諸国はインフラへの投資を陸側にも広げ始めました。JETROが2026年1月にまとめた調査によると、サウジアラビアは中東・北アフリカ地域における物流の主導的な存在です。空港、鉄道、港湾を合わせたプロジェクトの総額は930億ドルを超えます。これは調査対象となった7カ国、サウジアラビア、UAE、オマーン、イラン、イラク、モロッコ、エジプトのプロジェクト総額のうち、36%以上を占める規模です。

AI Generated Image of an extreme close-up of a modern airport terminal's geometric steel and glass roof trusses, glowing amber under a deep blue dusk sky

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ひとつの国が、地域全体の物流投資のおよそ3分の1以上を単独で動かしている計算になります。空港を見ても、キング・ファハド国際空港(ダンマーム)、キング・ハーリド国際空港(リヤド)、キング・アブドゥルアズィーズ国際空港(ジッダ)という既存の拠点に加え、新たにキング・サルマン国際空港の建設が控えています。UAE側でもアル・マクトゥーム国際空港の拡張が進んでおり、両国は次世代の貨物ハブの座を競っています。JETROの調査は、これらの空港が近い将来、世界的な貨物拠点になると見込んでいます。

鉄道と港湾への投資も並行して進んでいます。JETROの調査はサウジアラビアだけでなく、オマーン、イラン、イラク、モロッコ、エジプトについても、それぞれのターミナルとインフラの整備計画を細かく検証しました。港湾、道路、倉庫ハブ、空港、鉄道という5つの領域を横断する投資が、地域全体でいくつも同時に走っています。こうした投資の規模は、海路一辺倒だった物流の姿を、陸路も含めた形へ組み替える試みそのものです。

中央アジアとの再会、GCCサミットが紡ぐ陸の道

インフラという器を用意するだけでは、陸路は完成しません。その先に何を、誰と結ぶのかという問いに、湾岸諸国が出した答えのひとつが中央アジアでした。

GCCと中央アジア5カ国、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン(通称C5)は、8世紀から19世紀にかけての1000年以上、貿易ルートと共通の文化によって密接に結びついていました。アラブニュース紙に寄稿したアブデル・アジズ・アルワイシェグ氏は、この歴史的な結びつきを指摘したうえで、1860年代以降はロシア、続いてソビエト連邦の支配下に置かれ、1991年のソ連崩壊まで、その関係が絶たれていたと説明しています。

AI Generated Image of a ground-level view along a two-lane desert highway, a convoy of heavy cargo trucks receding into thick dust haze toward distant mountains under a hazy bronze-beige midday glare

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独立から30年余りが経ち、カザフスタンをはじめとする中央アジア5カ国は、経済の中心地であり信頼できる貿易相手、そしてエネルギーの供給元としての立ち位置を再び築こうとしています。内陸に位置するこれらの国々にとって、海へのアクセスと遠距離の陸上貿易ルートを確保することは死活問題です。近隣国との良好な関係を保つ必要性は、沿岸国よりもはるかに切実です。

120年を超えるロシアの影響下で、これらの国の経済は北向きに編成されてきました。過去30年は、ロシアとの関係を保ちながらも大国間の競争に巻き込まれない中立性が、逆にこの地域に有利に働いてきたとアルワイシェグ氏は分析しています。2023年7月、サウジアラビアのジェッダで開かれたGCCと中央アジア5カ国による初のサミットは、まさにこの再接近を象徴する出来事でした。2025年5月には、ウズベキスタンのサマルカンドで2回目のサミットが開かれています。

開催時期 開催地
第1回 2023年7月 サウジアラビア・ジェッダ
第2回 2025年5月 ウズベキスタン・サマルカンド

2年足らずで2回目のサミットが実現したことは、この関係を単発のイベントで終わらせない双方の意思の表れです。海の道でつながってきた湾岸と、陸の道で結ばれてきた中央アジア。両者が同じテーブルに着くこと自体が、ひとつの転換点です。

米中露の狭間で揺れる中央アジア、一帯一路との交差

中央アジアが再び脚光を浴びる背景には、大国間の綱引きがあります。アメリカ、中国、ロシアはこの地域で共存していますが、当然ながら競争関係にあり、地元の主催者たちはその競争が行き過ぎないよう舵取りを続けているとアルワイシェグ氏は指摘します。中央アジア5カ国は外国からの投資や貿易を歓迎する一方で、独立して間もない自分たちの主権を固く守り、政治や経済の決定を自らコントロールしようとする姿勢を崩していません。

その中立性を試す出来事が、2025年に相次ぎました。米国が同年4月に打ち出した新たな関税で、中央アジア諸国はカザフスタンに27%、残る4カ国に10%を課されています。米国との貿易を控えるようになったこれらの国々が、より深刻な打撃を受けている中国に接近する可能性がある、とアルワイシェグ氏は見ています。

国・地域 米国の追加関税率
カザフスタン 27%
ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン 10%

カザフスタンへの関税だけが突出して高い水準です。中国側にとっても、米国市場での損失を埋め合わせるために、中央アジアでの経済的な関わりを強めるほうが得策だという判断が働きかねません。実際、中国製の電気自動車は米国やEUで高い壁に直面する一方、中央アジアでは減税や免税といった優遇を受けています。

AI Generated Image of a vast inland container terminal at blue hour, illuminated gantry cranes and stacked shipping containers glowing under cool white floodlights against a deep violet-magenta twilight sky

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この綱引きの土台には、2013年に習近平国家主席がカザフスタン訪問時に打ち出した「シルクロード経済ベルト」構想があります。武蔵野大学の加藤青延氏の論考によれば、中国語で「一帯」と呼ばれるこの構想は、中国西部からユーラシア大陸を横断し、中央アジアを経由して欧州を結ぶ、いわゆる陸のシルクロードそのものです。習近平氏はこの構想を、翌月にインドネシアで発表した「21世紀海上シルクロード」、通称「一路」と組み合わせ、「一帯一路」として世界に打ち出しました。

湾岸諸国が中央アジアとの陸路を模索する動きは、この一帯一路が敷いた土台の上で進んでいます。GCCと中央アジアという2つの資源国グループの接近は、中国が長年温めてきた陸のシルクロード構想と、部分的に重なり合う位置にあります。米中露という3つの大国の思惑が交差する場所で、湾岸産油国は独自の陸路を模索し続けています。

海と空に富の大半を委ねてきた湾岸産油国は、紅海危機とホルムズ海峡の混乱という2つの衝撃を経て、陸という第三の経路に目を向け始めています。930億ドルを超えるサウジアラビアのインフラ投資も、中央アジアとの2度にわたるサミットも、根っこは同じ問いにつながっています。ひとつの海峡、ひとつの海路に頼り続けるリスクを、どう分散するかという問いです。

一帯一路が敷いた陸のシルクロードの上に、米中露の駆け引きが折り重なるいま、湾岸と中央アジアの接近がどこまで実を結ぶかは、まだ見えていません。次のGCCと中央アジアのサミットがどこで、どんな成果とともに開かれるのか。その行方が、この地域の物流地図を書き換える次の一手になります。

参考資料・データ出典

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