国家戦略として屋内農業に踏み込むUAEの知られざる素顔とは

北海道とほぼ同じ面積の国土の大部分は、緑の農地ではなく砂漠です。降雨量はほとんどなく、夏場は気温が44℃に達します。それでもこの国、アラブ首長国連邦(UAE)ではキュウリの自給率が9割を超えています。石油と摩天楼のイメージで語られがちなこの国は、実は屋内農業と植物工場に半世紀以上にわたって資金と技術を注いできました。過酷な自然環境を逆手に取り、食料安全保障という国家の生存問題に挑んできた歩みを追います。

過酷な気候が突きつける食料の壁

UAEの国土で、農業に使える土地はごくわずかです。日本国際問題研究所の齋藤純氏がまとめた分析によると、アラビア半島の大部分は乾燥気候にあり、耕作に適した土地は半島南部から南東部にかけての沿岸の一部に限られています。湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国の中で最も広い耕作可能農地を持つサウジアラビアでさえ、その面積は362万ヘクタール、国土のわずか1.7%に過ぎません。クウェートは8.1%、バーレーンは5.9%、カタールは5.6%と、それぞれ耕地の割合を高めてきましたが、増え続ける人口を養うには十分な水準とは言えません。

AI Generated Image of an extreme top-down aerial view of small emerald-green circular irrigation farms scattered across a vast amber desert near Al Ain, UAE, symbolizing how little arable land sustains the nation's food supply.

AI Generated Image of an extreme top-down aerial view of small emerald-green circular irrigation farms scattered across a vast amber desert near Al Ain, UAE, symbolizing how little arable land sustains the nation’s food supply.

UAE最大の農業地帯であるアルアイン地区の気温データを見ると、5月から9月にかけての最高気温は平均40℃から44℃に達します。気温が30℃を下回るのは12月から2月のわずか3か月間だけです。川も湖もないため、農業用水はすべて地下水に頼っています。

伝統的な農業では、デーツ(なつめやし)や果樹、牧草、野菜を栽培してきましたが、この方式で養えたのはわずか10万人程度だったとされています。ところがUAEの人口は、2019年時点で950万人に達しました。国内の生産だけでは、とても追いつきません。

湾岸アラブ諸国全体で見ても事情は同じです。2018年から2023年にかけて人口は年平均2.3%で増え続け、2023年には6340万人に達すると見られています。食品需要も2018年の推定5150万トンから2023年には6070万トンへ、年3.3%の成長が見込まれています。中でもUAEの食品消費の伸び率は3.5%とされ、湾岸地域の中でも高い水準です。それでいて、湾岸アラブ諸国は食料消費全体の約85%を海外からの輸入に頼っているのが実情です。

輸入依存の代償は、たびたび表面化してきました。国連食料農業機関(FAO)の集計では、国際食料価格は2020年12月に6年ぶりの高水準まで上昇しています。シリア内戦やカタール断交、イエメン紛争の長期化は、湾岸諸国に貿易相手国の転換や物流経路の見直しを迫ってきました。主要な果物・野菜の供給源だったヨルダンでさえ、2018年以降は自国の景気後退や雇用確保を理由に、これまでとは違う貿易姿勢を見せ始めています。

耕地面積の国土比率
サウジアラビア 1.7%
クウェート 8.1%
バーレーン 5.9%
カタール 5.6%

土地も水も足りない。それでも人口と食欲は膨らみ続ける。この方程式こそが、UAEを屋内農業や植物工場という選択肢に向かわせた出発点です。

オアシス農業から植物工場へ、半世紀の歩み

UAEの農業の近代化は、一夜にして起きたわけではありません。アブダビ首長国の農業統計によれば、1971年時点で17,477デュナム(1デュナムは10アール)だったとされる耕地面積は、2005年には438,820デュナムに達したとされています。25倍の拡大です。農場の数も319か所から11,529か所へ増えたとされています。

耕地面積(デュナム) 農場数
1971年 17,477 319
2005年 438,820 11,529

この転換を支えたのが、1968年にアルアインへ設置されたとされる国立の農業試験場です。既存の農園や農法の改良を進め、最適な品種を各地に広めました。

1970年代には、海外の技術も次々と持ち込まれています。首都アブダビから近いサディアット島では、米国アリゾナ大学の指導のもとで大型のビニールハウスが建設されました。海水を淡水化した水を使い、キュウリ、トマト、キャベツ、レタスといった野菜や、菊、カーネーションなどの花きの周年栽培が実証されています。同じ頃、アルアインではフランスの石油会社による大規模農場や、仏系の農場会社も設立されました。

AI Generated Image of an extreme macro cross-section of excavated desert soil showing a dark asphalt membrane barrier layer with beads of irrigation water above and dry amber sand below, symbolizing the Japan-assisted soil science research that helped transform UAE's oasis farming into modern agriculture.

AI Generated Image of an extreme macro cross-section of excavated desert soil showing a dark asphalt membrane barrier layer with beads of irrigation water above and dry amber sand below, symbolizing the Japan-assisted soil science research that helped transform UAE’s oasis farming into modern agriculture.

日本との関わりもあります。1975年、日本の研究機関とUAE側は、砂漠の緑化と農業開発に関する協定を結んだとされています。アルアインの砂漠に農場と研究センターが設立され、0.3ミリのアスファルトの被膜を地中に敷いて灌漑用水が地下へ逃げるのを防ぎ、同時に下からの塩害を遮断する「アスファルト・バリアー」という手法の効果を確かめる研究に、日本の専門家が携わっています。

もっとも、同じ国の中でも農業の水準には差がありました。シャルジャの東約50キロにあるダイドの小さなオアシスでは、1976年当時、大昔さながらの農法が続いていたとの記録が残っています。同じ連邦の中でこれほど技術の差が開いていることに、当時訪問した日本人研究者も驚きを記していました。半世紀前の実験の延長線上に、今の植物工場があります。

日本も動いた、政府間の農業協力

UAE政府もこの課題を放置してきたわけではありません。農林水産省が2025年3月にまとめた報告書は、ドバイとアブダビのそれぞれが、外資の参入促進と公的資金による支援を組み合わせる形で、食料自給率を高める政策を進めていると指摘しています。

外交の舞台でも、農業は主要なテーマの一つになりつつあります。2023年7月、日本の岸田総理大臣がUAEとサウジアラビアを歴訪した際、日本とUAEの間では、包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ(CSPI)の枠組みのもとで「農業及び水産分野における協力覚書」が結ばれました。同報告書によれば、UAEとサウジアラビアの双方から、野菜の生産性向上や水を節約する農業といった日本の技術への関心が寄せられているといいます。

この報告書がまとめられた事業の目的は、UAEとサウジアラビアの農業・水産分野における日系企業の投資を後押しし、日本産の農林水産物や食品の輸出を広げることにありました。現地でビジネスを展開するために必要な政策や規制の情報を整理すること、関心を持つ日系企業向けにセミナーを開くこと、そして現地企業とのマッチングを目指す官民ミッションを派遣すること。この3本柱で構成されています。

調査の対象も途中で広がりました。当初はUAEとサウジアラビアの2カ国が中心でしたが、一部の項目についてはカタール、バーレーン、クウェート、オマーンを加えたGCC加盟6カ国全体に対象が拡大されています。中東の食料事情が一国だけの課題ではなく、湾岸地域で共有される構造的な問題であることを、この調査対象の広がり自体が物語っています。ただし、関心の高まりに対して実際の案件化はまだ途上です。同報告書も、協力案件や投資案件の数自体はまだ多くないと見立てています。

世界が投資するアグリテック市場

UAEが屋内農業に力を入れる背景には、世界的なアグリテック(農業テクノロジー)市場の拡大があります。UAE経済省がまとめた資料によれば、世界のアグリテック市場規模は2019年の174億ドルから2027年には412億ドルに達すると見込まれており、年平均の成長率は12.1%とされています。

2020年時点でのグローバルな資金調達額は約305億ドル、案件数は約3093件、投資家の数は約2789に上りました。最大の一件の取引額は16億ドルです。国別に見ると、投資額で首位に立つのは米国の132億ドル(815件)でした。中国が48億ドル(115件)、インドが18億ドル(164件)、英国が11億ドル(133件)、フランスが6.6億ドル(39件)、イスラエルが4.82億ドル(57件)と続きます。

投資額 案件数
米国 132億ドル 815件
中国 48億ドル 115件
インド 18億ドル 164件
英国 11億ドル 133件
フランス 6.6億ドル 39件
イスラエル 4.82億ドル 57件

この市場が膨らんでいる理由は一つではありません。新興国での所得増加は、肉や乳製品といった高付加価値の食品消費を押し上げています。世界人口は年間およそ8100万人ずつ増加しており、2050年には100億人近くに達する見通しです。単純計算で、世界の食料生産量を今のほぼ2倍まで引き上げる必要が出てきます。一方でエネルギー価格や生産コストの上昇、異常気象は生産量を押し下げる方向に働きます。新型コロナウイルスの流行も、食料を育て、加工し、運び、売る方法そのものを見直す契機になりました。

AI Generated Image of a low, ground-level street view of a windowless vertical-farm warehouse in the UAE at night, one loading bay glowing with amber light and rising steam against a dark indigo sky, symbolizing the global corporate investment building indoor agritech infrastructure.

AI Generated Image of a low, ground-level street view of a windowless vertical-farm warehouse in the UAE at night, one loading bay glowing with amber light and rising steam against a dark indigo sky, symbolizing the global corporate investment building indoor agritech infrastructure.

アグリテックにはバイオテクノロジーや農場管理ソフトウェア、IoT、農場ロボットなど幅広い領域が含まれますが、UAEが特に力を入れているのが「Novel Farm Systems」と呼ばれる分野です。屋内農場や水産養殖、昆虫や藻類の生産などがここに含まれます。答えは、天候に依存しない生産です。降水量がほとんどなく、耕作可能な土地も限られるUAEにとって、土地や天候に左右されない生産方式は、地理的な制約を越える数少ない選択肢の一つです。

環境制御型農業を体現する企業の挑戦

この分野で存在感を示す企業も出てきています。世界経済フォーラム(WEF)が組織情報として紹介するUAE拠点の「ピュア・ハーベスト・スマート・ファームズ(Pure Harvest Smart Farms)」は、高品質な生鮮の果物や野菜を年間を通じて持続的に生産することを掲げるテクノロジー企業です。

WEFの説明によると、同社は中東で商業規模の半自動型ハイブリッド栽培システムを手がけた先駆けの一つとされています。新しい栽培技術と園芸のノウハウを組み合わせ、どの土地でも手頃な価格で、清潔な生鮮食品をその土地で生産できるようにすることを目指しています。

事業の範囲は中東にとどまりません。北アフリカや南アジアにも広がっています。WEFはこの企業の取り組みを、食料安全保障、水の保全、一つの産業に頼らない経済づくり、そして長く続けられる仕組みづくりという複数の課題に技術で応えようとする試みだと紹介しています。

AI Generated Image of a close telephoto view of a glass-paneled greenhouse facade in the UAE at blue hour, magenta-pink LED grow-lights glowing through the panels against the reflected deep indigo dusk sky, symbolizing the advanced hybrid growing technology behind companies like Pure Harvest Smart Farms.

AI Generated Image of a close telephoto view of a glass-paneled greenhouse facade in the UAE at blue hour, magenta-pink LED grow-lights glowing through the panels against the reflected deep indigo dusk sky, symbolizing the advanced hybrid growing technology behind companies like Pure Harvest Smart Farms.

砂漠という制約の多い土地で、天候や季節に左右されない生産体制を築く。この発想自体は、1970年代にサディアット島で試みられたビニールハウス栽培や、アルアインでの日本の専門家によるアスファルト・バリアー技術の実証実験と、根っこの部分でつながっています。半世紀前に始まった挑戦が、今は民間企業の事業として、より大きな規模で引き継がれています。

実際、農畜産業振興機構(ALIC)が2022年に伝えたところでは、UAEはこうした技術投資の結果、キュウリの自給率が9割を超える水準に達しました。砂漠の国が、砂漠だからこそ育てる作物を持つようになったのです。

輸入依存から抜け出す道のり

UAEが屋内農業に注力する理由は、突き詰めれば単純です。耕作可能な土地はごくわずかで、雨もほとんど降りません。それでも人口は増え続け、食料需要も膨らみ続けています。この条件のもとで、UAEは半世紀以上にわたり技術による解決策を探ってきました。1970年代のビニールハウス実験から、政府主導の自給率向上策、そして民間企業による環境制御型農業まで、取り組みの形は時代とともに変わってきています。

砂漠の国でキュウリの自給率が9割を超える。この事実は、石油と摩天楼だけでは語りきれないUAEのもう一つの顔を映し出しています。輸入依存の高さが抱えるリスクは、食料価格の高騰や地域の紛争のたびに姿を現してきました。土地にも天候にも縛られない生産方式への技術投資は、この先も続いていくと見られます。

AI Generated Image of an extreme telephoto view compressing endless rows of white plastic poly-tunnel greenhouses into a dense pattern across a heat-hazed UAE desert horizon, with a lone silhouetted truck for scale, symbolizing UAE's decades-long technological journey from 1970s greenhouse experiments toward near self-sufficiency in produce such as cucumbers.

AI Generated Image of an extreme telephoto view compressing endless rows of white plastic poly-tunnel greenhouses into a dense pattern across a heat-hazed UAE desert horizon, with a lone silhouetted truck for scale, symbolizing UAE’s decades-long technological journey from 1970s greenhouse experiments toward near self-sufficiency in produce such as cucumbers.

参考資料・データ出典

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